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2001-07-21 〜 2001-07-22 Hiroshima

高校1年のときに知り合ったとある友人との付き合いが、今年で丸10年になろうとしている。若気の至りからかふたりして随分とお馬鹿な事もしたし、お互いのプライベートで何らかの問題が発生した時には、どちらかがどちらかのところに出向いて相談したりもした。

僕はどちらかというと定住志向なのか、大学在学中の一時期を除いて自宅のある千葉県習志野市にいついていたが、その間に友人は、船橋 → 京都 → 船橋と移動をくり返していた。

そして急きょ決まった広島への転勤。

もともと西日本での勤務を希望していた彼にとっては願ったりかなったり、の面があっただろう。とはいえ、僕を含む高校友達の間では、また旅行に行く口実が増えたね、なんて言いながらも一抹の寂しさが脳裏をかすめたのは言うまでもない。

東京〜広島間は距離にして約900km。新幹線なら「のぞみ」に乗っても4時間かかる。そう。僕の脳裏に描かれている日本地図の位置上での広島市という位置は、結構な距離だったのだ。彼が転勤してから約3か月弱。ちょっとした僕の思いつきが、この距離をひょいと飛び越える事になった。

2001-07-21 (Sat)

地元を走る京成電鉄が羽田空港へ乗り入れる電車の運行を開始して以来、それまでどちらかというと不便な印象を持っていた羽田空港までの距離は一気に縮まった。乗り換えなしで約1時間。そんな直通特急の車内で、僕は密かに緊張していた。

飛行機の安全性については、時たま起こる悲しい事故を除けばそれなりの安全は確立されているし、まだ台風もそれほど発生していない、比較的落ち着いた時期のフライトである。あんな巨大な鉄の固まりがどうやって空中に浮かぶのかというメカニズムも、完全ではないにしろ分かっている。なのに、意味もなく緊張してしまうのだ。

羽田空港に到着するとまずは予約していた航空券を購入し、窓側の席を確保する。席の番号は32A、左の翼の斜め後ろだ。そして数人の友人に、立続けに電話を掛けまくる。時計が14:10を指したところでセキュリティチェックを済ませてそそくさと搭乗待ち合い室へと入った。待ち合い室の目の前は飛行機、飛行機、飛行機。離陸、着陸、エプロンへの誘導などがひっきりなしに行われている。間近で見る飛行機の姿は壮観だ。アナウンスは搭乗便の出発時刻の遅れを告げている。折り返しとなる便が遅れているようだ。その一方で、設置されたテレビは日本のシンクロナイズドスイミングチームの姿を大映しにしている。僕はテレビと飛行機の姿を交互に眺め、搭乗時間を待った。

15:00 定刻から5分遅れで、広島行きのANA681便がゆっくりと動き出す。いざ乗ってしまうといままでの緊張は嘘のようにほぐれてしまい、こんどは逆に離陸する瞬間が待ち遠しくなってくる。出発便の集中する時間とあってか、飛行機は誘導路上を進んでは止まる、といった動きをくり返している。くねくねとカーブを切り、滑走路上に到着。しばしの静寂の後、ジェットエンジンの出力が一瞬で最大になると同時にものすごい加速度を感じる。滑走路は以外にもでこぼこらしく、機体ががたがたと揺れる。頭上の荷物ケースに入れたPowerBookは大丈夫かなと心配した瞬間、機体がすうっと中に浮いた。その間わずか数分。ふと窓の下をのぞくと、海に浮かぶ「海ほたる」が見えた。

機内での居心地は至って快適である。気流が安定しているのか機体の揺れもほとんどなく、窓の外には普段見なれない世界が広がっている。もこもことした積乱雲、眼下に広がる京都の街並、そんな光景を何枚かの写真に記録し、あるときは本を読みふけり、機内でのひとときを過ごした。やがて、機体が少しぐらりと揺れたかと思うとシートベルト着用サインが点灯し、飛行機が着陸体制に入った事を知らせた。機体はゆっくりと中国山地の中を降下してゆき、やがて鈍い音とともに滑走路上に着陸した。東京からわずか1時間20分。普段であれば自宅から会社までの通勤時間程度である。こうして、広島空港に降り立った。

友人が仕事を終えて迎えに来るまでにはまだ相当の時間があるので、リムジンバスを利用せずに最寄り駅まで路線バスに乗り、そこから広島駅までJRを利用する事にした。リムジンバスには次々と乗客が乗り込むが、僕が乗り込んだ山陽線白市駅行き路線バスの乗客はわずか5人だった。空港を出てしばらくは道幅の広い県道を走ってゆくのだが、ひとつ角を曲がると周りに見えるのは山に囲まれた水田とぽつぽつ立ち並ぶ農家である。空港がすぐそこにあることがまるで嘘のようだ。この違いに驚きながらバスに揺られているうち、あっという間に白市駅に到着。駅のたたずまいもまた、空港の最寄り駅とは思えないのどかなつくりをしている。10分ほど待って広島方面行きの快速電車が到着。車社会だと思っていたら結構乗客が乗っていて、2つ先の西条からは立ち客も見られるようになった。白市駅を出てから約35分。周りを取り囲んでいた山が遠ざかり、新興住宅地を抜け、マツダの青い巨大な看板が見えてくるとほどなくして広島駅に到着。飛行機が羽田を飛び立ってから約3時間。とうとう広島までやってきてしまった。

前日の電話では友人の仕事が終わるのが18:30。待ち合わせ場所にした紙屋町のスターバックスまで辿り着くのには十分な時間がある。僕は迷わず駅前から路面電車に乗り、紙屋町へと向かった。

なぜ広島に来てまでスターバックスに行くのかという理由はふたつ。ひとつは自分がスターバックス好きということ、そしてもうひとつが「広島タンブラー」。スターバックスに詳しい人は当然御存じのことなのだけれども、日本をはじめとして世界の各主要都市の店鋪には御当地タンブラーというものがある。ちなみに御当地タンブラーのある日本の主要都市は札幌、仙台、東京、横浜、名古屋、京都、大阪、神戸、福岡、そして広島。もみじ饅頭としゃもじくらいしかお土産の思いつかない僕にとって、広島タンブラーは格好のお土産というわけだ。

路面電車はがたごとと、比較的大きな道路のまん中を突き進み、停留所につく度にたくさんの人が乗り降りして行く。そうこうしているうちに紙屋町電停に到着。スターバックスのある地下街への連絡階段を降りながら僕は友人に電話を入れた。が、友人曰く、仕事の終わる時間は未定とのこと。まぁ1時間くらいならスターバックスで時間はつぶせそうだけれども問題はそのあと。しかも今いるのは東京でも大阪でもなく、はじめての広島。時間を潰すのは骨が折れそうだ。

取りあえず僕は気を取り直して目的のスターバックスに行き、さっそく広島タンブラーと、お店で飲む用のアイススターバックスラテを購入する。タンブラーは黄色の地に宮島の大鳥居が手書き風にあしらわれたポップなデザイン。これなら東京で使ってもあまり目立たずに済むかも知れない。お店はやはり広島2店鋪目という事だけあって結構混み合っている。僕はテーブル席に座ってアイスラテを飲みながら、飛行機で読む用に持参してきた本を読みふけった。

本を読み始めてから1時間ほどして、車を停めてある場所まで来てくれという連絡が友人から入ると、僕はスターバックスから地上に向かい、広島市民球場の脇で横断歩道を渡った。

すると、目の前にあらわれたのは緑に囲まれたドーム型の廃虚だった。

テレビや写真で見ているのに馴れているせいか、実際に見るそれは想像よりもずっとずっと小さい。けれども世界一残酷かつ理不尽な爆弾がこの上空で爆発したかと思うとなんとなくやるせない気持ちになった。そんなやるせない気持ちをいろいろな人の記憶にとどめさせるためにも、こんな小さな廃虚をこれからもずっと残して行かなければいけない、そう感じた。僕はその廃虚に向かい軽く黙礼をして友達の待つ車へと向かった。

相変わらず習志野ナンバーを付けている友人の車はすぐに見つかり、ネクタイ姿の友人も、また相変わらずだった。千葉から広島に引っ越してはや2か月。もちろん2か月で変わってくれているのもまたそれはそれで僕にとっては困りものなわけだが、取りあえず変わらない友人の姿にはほっとした。晩御飯を食べに行くに当たって、本来であるならば広島風のお好み焼き屋さんに行くところなのだろうけれども、残念な事に僕のお腹の中はさっき飲んだカフェラテのせいで結構埋まっている。そんなわけでお好み焼きは次の日に回す事にして僕と友人はそのまま車で西広島の先にあるショッピングセンターに向かい、ぎりぎりで営業していた和食屋さんに入って晩御飯を食べた。この冬に結婚を控えている事もあり、友人との話題は結婚に関する事が中心となった。高校時代の同期の中ではいままで身近に結婚をしたという人間がまったくと言っていいほどいなかったため、僕も含めて関心はどうしても結婚に向けてのあれやこれや、ということになる。もちろんそれが本人達にとって迷惑になってはいけないことなのだけれども。食事を終えると店内は閉店の準備に取りかかっていた。僕と友人は勘定を手早く済ませ、そそくさと店を後にした。

友人の新居は広島市内から車で約20分ほど西にいった閑静な山の手のふもとにあった。目の前はスーパーマーケット、マンションの下は酒屋さん、5分も歩けば路面電車の郊外線の駅、しかも、斜め後側には女子大学。最後の女子大学は別としても、広島である事を考えなければ最高のロケーションだ。

それにしても暑い。瀬戸内気候は夏が暑いと言うのは良く聞く話だが、風と言う風が全くなくなってしまうのには閉口した。同じ部屋で寝るのはためらわれたのだが、さすがに冷房のない部屋で寝るのは厳しいので友人の部屋のとなりに続く居間に布団をしいてもらい、少しだけお酒を飲みながら話をして、自分の普段からはかなり早い時間に就寝と相成った。僕は休暇中の身だけれども相手は仕事をしてきている。眠たいのも無理はないのかも知れない。

2001-07-22 (Sun)

暑い。そう思って目が覚めてみると朝だった。太陽がのぼりかけていて、外では東京であまり聞く事のなかった蝉たちがけたたましく鳴いている。時計を見ると7:45。平日の起床時間よりも多少遅いくらいの時間だ。

思ったほどの食欲が湧かなかったせいもあって僕達は特に朝食はとらず、その代わりに友人のところへ御中元としてきていた果汁100%ジュースを飲み、簡単に身支度を済ませると、9時前には部屋を後にしていた。普段の休日ならばこんな時間に外出する事はめったにあり得ない。取りあえずお約束のコースをと言う事で、友人は国道2号線バイパスを西へ向かった。行き先は宮島だ。

国道2号線を30分ほど走ると宮島口の桟橋が見えてくる。僕達はここで車を停め、宮島行きのフェリーに乗り換えた。有名な厳島神社は宮島口に建っているとばかり思っていた。のだが、本当は宮島にあるという。知らないと言うのは結構恥ずかしい。瀬戸内の海らしく、波は全くない状態。これまで海と言うと東京湾や九十九里浜、遠州灘といった外海に面した場所しか見てこなかったので、波のない穏やかな内海を船で進むというのは結構新鮮な体験だった。

10分ほどして船は宮島桟橋に到着。発着場を出ると最初に目にしたのはそこらじゅうで座り込んだりのんびりと歩いている鹿の群れだった。鹿といえば最初に思い付くのは奈良公園だが、まさか宮島にも存在しているとは。しかも御丁寧に鹿せんべい売りのおじさんまでいる。そんな鹿の群れを避けながらのんびりと厳島神社への道を歩いて行く。友人はといえばひっきりなしに携帯電話に入ってくるメールを見るために、折り畳み式の端末をぱたんぱたんとせわしなく開いたり、閉じたりしている。あっという間に、よっぽどの人里離れた土地でない限り、日本全国どこでも携帯電話が通じたり、メールのやり取りができるような時代になってしまったのだ。

そんなこんなで15分ほど歩いたのだろうか、目の前に見覚えのある朱塗りの建築物が見えてきた。世界遺産・厳島神社。海の上にはぽっかりと大鳥居が浮かんでいる。やはりテレビの影響が大きいのか、実際に見るそれは以外とこじんまりしている。もちろん近くまで寄ってみれば日光東照宮や鎌倉の鶴岡八幡宮のようにどっしりとした姿を見せてくれるのだろうけれども、こちらは陸、向こうは海。簡単に行くことは出来ないのでこちらから拝んでおくだけにしておく。

本殿はといえば、修復が大分進んでいるものの芸予地震の影響でところどころ工事用の足場が組まれている。きっとここには灯籠が立っていたのだろうと思われる基壇が水面の下に見える。そんな厳島神社の建物の中で個人的に注目したのは海の上に浮かぶ能舞台だった。学生時代の建築史の先生が日本の建築史の第一人者的存在で、建築史の授業はかなり真面目にノートをとっていたこともあり、能舞台に関しては多少の知識を持っていた。正面後座の後部の松の絵も「これぞ能舞台」といった感じで、朱塗りの建物ばかりの神社の中でも異彩を放っている。海の上での能というのは結構面白いかも知れない。

しばし厳島神社を見物した後で再び連絡船に乗り宮島口へ戻り、次に行く先はお好み焼き屋さん。広島風お好み焼きは学生時代に何度か駅近くのお好み焼き屋さんで口にしていたこともあり、本場ものがようやく食べられるという期待感があった。向かったのは友人の家からそれほど遠くない場所にあるお店。友人もまだなじみの店というのはないらしく、結構お店を変えて訪れているらしい。店内に入ってまず目に入ったのは「うどん入り」。広島焼きにはそばが入るというのは知っていたのだが、まさかうどん入りもあるとは。僕は迷わず「うどん入り」を、友人は「うどん・そば入り」 を注文した。

さて、肝心の味のほうはというと、これが見た目よりも食べた時のうどんの食感もあってか、意外にボリュームがある。けれども味自体はそれほどこてこてではなくあっさりとしていて食べやすい。御飯物をあまり食べたくない夕食時でも、これならば案外サラッとお腹に入ってしまいそうだし、腹もちも結構いい。なによりも、「うどん入り」というのが珍しいもの好きの僕にとっては大ヒットだった。

その後、車で市内に戻り彼女へのお土産を物色。西条の銘酒「西鶴」を購入する。そして友人の希望もあり、前日訪れた紙屋町シャレオのスターバックスへ。ここで友人も広島タンブラーを購入する。こうやって次第にスターバックスマニアが増殖して行くのだ。たまたま空いていたソファー席に座り、飲み物を飲みながら友人と話し込む。飛行機が出発する約2時間半前になるのを見計らって僕達は再び車に乗り込み、一路空港へと向かった。

途中広島港を通り、広大なマツダの工場群を横目に眺め、コンビニに寄ってアイスを齧ったりしながら瀬野まで国道2号線を進み、そして山陽自動車道へ。まわりはひたすら山・山・やま。空港がいかに市内から遠いところにあるのかが良く分かる。それでも車は快調に進み、出発の約1時間半前に到着した。予約便はすでに満席だったのでそそくさとチェックインを済ませ、友人と別れの挨拶をする。飛行機を使えば思ったほど遠いところでもないし、これなら頻繁にとまではいかないものの、それなりの頻度で遊びにいくことができる。また近々来るから、と僕は友人に挨拶し、セキュリティーチェックへと向かう。予約超過による振り替え便の案内があったものの、なるべく早い時間に東京に戻りたかったこともあってそのまま予約便を利用することにする。17:00、飛行機が空港を離陸。気流が激しいため、基本的に上空滞在中もシートベルト着用サインは点灯したままだった。しばしぼんやりと窓の外を眺め、富士山が見えたと思うと飛行機は房総半島を大きく旋回し、羽田空港に到着。人込みを抜けてリムジンバスに乗り込む頃には、東京は夕映えに包まれていた。