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2003-09-16 Berlin Nr.2

眼下に見えるAlexanderplatzは薄暗い中を人々がぽつりぽつりと動き回っている。朝食を食べて外出。すぐに入ってきたS7に乗りFriedrichstraßeで乗り換え、S1でPotsdame Platzへ。地上に向かう階段を登り切るとそこにはガラス張りのDB本社ビルが見える。そこから脇へ抜けていくと、統一後のBerlinの象徴とも言うべきSony CenterのHofへと到達する。1FにSonyのショウ・ルームがあってどんなものがあるのが少々物色。こっちの人々の持つ携帯電話はストレート型、かつ小さくていいなぁと思っているんだけれども、ヨーロッパ向けSony Ericsonの携帯はやっぱりかっこいい。海外でもSonyの名前はあたりまえのように浸透してしまっているんだなぁ、と感じる。

Sony CenterのHofはとりあえずまた戻ってくることにしてそのままTiergartenstraßeを歩き、絵画館(Gemäldegalerie Staatliche Museen zu Berlin)へ。ここがBerlinで一番の目的地。

内部へと入る。とにかく広い、旧西Berlinと東Berlinで別々に展示していたものを一緒にしたわけで、全ての絵を真剣に観ようとすると本気で1日かかるくらいの展示品の豊富さ。あれやこれやと眺めて回っているうちにパートナーとはぐれ、必死で探して15分くらいかかってようやく落ち会う。Rembrandtの作品群がなんと言っても素晴らしい。東京では特別な企画展がない限りはお目にかかることができないし、できたとしてもその点数は限られている。そんな彼の肖像画群を真剣に見入る。その他にはRubensやFermerなど。14世紀から16世紀にかけてのイタリアの宗教画の類も多くて、やたら"Maria und Kind"の表札が目に付く。このころの絵画は宗教伝道も兼ねているものなのだろうか?

全体の約半数の絵画をじっくりと眺め、のこりの半分はたんたんと観るようにしていたのだが、それでも有に半日は潰れてしまった。これはまた機会を作って見に行かねば、と思う。

絵画館を出た後にSony Centerに戻り、Hofを眺めながら目に付いたCafeで昼食を取る。店員さんがかなり親切にしてくれて、巨大なピザを食べるのに取り皿をくれといったら、ピザを半分に分けて持ってきてくれた。こういう気遣いはありがたい。とにかくハイパー・アーキテクチャーの固まりだ。右手にはレンゾ・ピアノのIMAX、左手には磯崎新のVolks Bankといった具合に。Berlinの最先端がここに集積しているという感じ。

Potsdame PlatzからS1でFriedrichstraßeへ戻りU6に乗り換えてKochstraßeで降りる。地上に出ると目に付くのはたくさんの中高生の姿。Checkpoint Charrie、そして有名な「あなたはアメリカの管理する区域から出ようとしている」の看板。壁博物館へと向かう。

内部に展示されているのは1963年8月11日に、突如として壁が築かれてからのさまざまな歴史の動き、Berlinという街の変遷、西から東へ、もしくは東から西へと必死で逃れようとした人々の記録。同じ言葉を話す人が一夜にして離れ離れになってしまうことを想像してみても、なかなか想像に尽くしがたいものがある。脱出の方法を一つ一つ見てみても、鞄に隠れてみたり、車のボンネットに身を潜めてみたり、はたまた気球を使っての脱出を試みてみたり、ともすれば間抜けな方法に思えなくもない。けれどもそのときはその手段こそが「自由な」(敢えてカギカッコを付けておくことにしよう。)世界に向かうための最良の方法だったわけで、そこまでしないと自由に動くことのできない政治体制の軋轢、そして戦争って何者なんだ?と思わず考えてしまった。

U6でFriedrichstraßeへ戻り、目に付いたSTARBUCKSから街並みや、そこを行く人の流れを見つめてみる。思えばここは昔、壁を隔てた反対側で、かつて社会主義国家であったということ。壁が崩れてから15年の後、このような街並みに変貌することなど、誰が想像できたのだろうか?

この街は、未だ失速することなく疾走を続けているのだ。

参考:S-bahn-berlin :: Netz