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2002-07-20 〜 2002-07-21 Tadao Ando

学生の頃まで、建築を見に行くときは研究室の旅行以外は全て、一人で黙々と出かけていたものだった。電車やバスに乗り、地図を見ながら目的地を目指し、しばしそこに佇み、写真を撮ったりスケッチをしたり。それは社会人になっても基本的に変わらなかった。Web上でのつながりからこの旅行が決まるまでは。
きっかけは6月初旬の日記でのやり取りだったように思う。安藤忠雄の建築のトピックスがあちらこちらに出てくるようになって、じゃあみんなで見に行こうかということになり、気が付いたら飛行機のチケットを手にしていたような。そんなわけで、早朝のリムジンバスに乗り込んだわけである。

2002-07-20 (Sat)

予定通り5:30に家を出て最寄りの私鉄駅へ向かう。当然の事ながら出歩く人も少なくあたりはしんとしている。朝焼けがとてもきれいだった。1駅だけ電車に乗ってリムジンバスに乗り換える。首都高速の流れは順調。定刻通り羽田空港到着。世間様はやっぱり夏休みである。出発ロビーは家族連れでごった返している。そんな人並みの中をすり抜けるようにしてセキュリティチェックを済ませて搭乗口へ。久しぶりに山側の窓際に座る。離陸直後に見える富士山は雪が完全に溶けて真っ黒だった。8:45伊丹空港着。モノレールで千里中央に出て電話。集合時間まで少々時間があったので、ちょうど見かけたスターバックスでコーヒーでも飲むことにする。

千里中央から地上を走る地下鉄に乗って新大阪ヘ。JR改札口で同行する人と待ち合わせ、快速電車で山崎へ。1月半ぶりの大阪の街は蝉時雨で溢れていた。この日に同行してくれる2人のうち1人の男性とは初対面だったのだが、移動中の電車内でもいろいろと話をすることができて一安心。新大阪から20分程度で山崎に到着。バスに乗って大山崎山荘美術館へと向かう。ここは関西の実業家、加賀正太郎(1888〜1954)が自ら設計した本館と、安藤忠雄が設計した新館からなるもの。美術館へのアプローチの新緑が目に美しい。

アプローチを抜けて目にした本館の姿は、自分が想像するよりも端正な姿だった。ここに収蔵されているコレクションも素晴らしいのだが、本館階段の踊り場に設置されたステンドグラスや照明など、内装や調度品の美しさには心惹かれるものがある。ちょうど「水の流れ、水の重なり」という名の展覧会が行なわれていて、本館の本当に何気ない場所に植物を題材にした、本当に小さな木彫が置かれていて3人とも興味津々。

新館は本館に比べて、本当にささやかな姿で半地下の空間に内包されていた。安藤忠雄にしてはつつましい作り方をしたものだね、と話し合う。新館に収蔵されているモネの「睡蓮」にしばし見とれる。深い色合いで塗られた水面に咲く睡蓮のひとつひとつが輝いているような感じ。新館展示室中央にもうけられた空間には前述の「水の流れ〜」でコラボレーションされた睡蓮の木彫が置かれており、3人ともしばしその前に佇んで暫く時を過ごす。新館もミニマムな感じでとても気持ちがいいのだが、やはりここは本館の姿が強く印象に残った。こういう山荘で、ゆるやかな時間を過ごしてみたいと思う。

急な坂道をゆっくりと歩いて降りて再び山崎駅へ。高槻駅で新快速に、芦屋で普通電車に乗り継いで下車したのは灘。

灘駅前では近所の子供がものすごい数の蝉を虫かごにいれて、さらにもう1匹を狙っていた。虫かごに入れられた蝉の泣き声が、まぁ、すごい。そんな光景を横目に国道2号線を横切り、HAT神戸へ。陸橋の斜め前に兵庫県立美術館の姿が見えてくる。正面アプローチを抜けたロビーには、子供たちが思い思いに色を塗った大量の段ボール箱が出現。どうやら午前中にワークショップが行われていたらしい。ミュージアムショップで安藤忠雄のサイン本を発見。耐えきれずに購入する。午前中に本人が来館してサインをしていったものらしい、ということは、午前中に来ていれば会うことができたんだな。思わぬすれ違い。この建物のダイナミックさには驚いた。すごいのは海に向けて大きく突き出した庇。阪神大震災の記憶を忘れないため、みんながこの庇の下に集うことができるように、あえて庇を大きく突き出させたとのこと。

レストランにて昼食を取っていざ入館。特別展「Power of Art」を観覧する。7人の現代美術アーティストによるインスタレーションの共演。印象に残ったのは蔡國強がインスタレーションした99艘の小さな小さな船たち。そのミニマムな世界に思わず見とれる。ハンス・ペーター・クーンの音によるインスタレーションも興味深かった。

美術館から水際広場を抜けて春日野道の交差点に出て、国道2号線をひたすら西へ歩く。途中でBMWのディーラーに立ち寄って、車を眺めてみたり。三宮から北野坂を登ってローズ・ガーデンへ。煉瓦を使用した外観が従来の作品とは趣を異にしている。再びトーアロードに戻って「田路」というおばんざい屋さんで食事とともに日本酒等を少々。いろいろな話でしばし盛り上がる。なんかいままで話したことのなかったことまで話してしまったような。今日のツアーはここまで。三ノ宮から新快速で新大阪駅で別れてホテルへ。

2002-07-21 (Sun)

朝8時に起床。5時間半寝たおかげで体調は快調。軽く朝食をとって9時にホテルを出て蝉時雨の中を新大阪駅へと向かう。高槻行きの普通電車で茨木へ。茨木駅で集合。この日の同行者は7人。ガラガラのバスは住宅街の細いくねくねとしたところを縫うように走っていく。「春日丘公園」というバス停で降りて、ちょこっと角を曲がるとそこに、「光の教会」はたたずんでいた。まずは教会に隣接したホールで見学者カードを書いて、そして礼拝堂へ。教会員のみなさんと共に、朝の礼拝に参加する。

内部に入った瞬間の、自分の内面のどこかがすーっと明るくなるような感覚は、一生忘れることができないと思う。輝くような、光の十字架。奇麗とか素敵とかっていう言葉では言い表わせないような感覚。本当にそこは、祈りを捧げるための空間なんだと思う。礼拝に参加している皆さんの「アーメン」という言葉の響きが強く印象に残る。

もしも少々穿った書き方をするのであれば、この建物はいわば、壁に十字型の空洞を開けたコンクリートボックスである。余計な装飾もなければ、普通の教会堂に見られるような空高くのびた尖塔があるわけでもない。けれどもこの空間は明らかに底知れぬパワーを持っていると思う。本当に、心からここに来て良かったと思った。そして、また機会を作って訪れたいと思う。

人知れず心に秘めた興奮を抑えながら、再びバスに乗って茨木駅へ。k3000君は礼拝から合流。普通電車に乗り換えて大阪駅、環状線に乗り換えて弁天町、さらに高架を走っている地下鉄に乗り換えて大阪港へ。灼熱のアスファルトの上を暑い暑いと言いながら歩いて天保山へ。向かうはサントリーミュージアム。ここは建物そのものを見るというよりも、始まったばかりの「THE ドラえもん展」を見にいったという方が正しいかもしれない。

東京ではこれから先に始まるし、また見にいっていない人もいるであろうからあまりあれこれと書くのはよそうと思ったのだけれども。ぱぱっと概要を書くとすれば、「あなたのドラえもんをつくってください」という藤子・F・不二雄さんの依頼に対して、さまざまなアーティストがいろいろな表現形式でそれぞれの「ドラえもん」をデザインしたもの。高城剛、奈良美智、GROOVISIONS、ヒロミックス、村上隆、小曽根真(!!!)などの錚々たるメンバー。ドラえもんをアニメで見ていた世代としては純粋に楽しめる企画だった。意外な表現の方法に驚かされたり。最上階のレストランでそろって昼食。

昼食後、天保山の山頂がどこにあるのかを探しにいくという企画を突如敢行する。天保山交差点近くの公園をうろうろ。いかにも山らしい場所があったのでここではないかと登ってみると、そこには「ここは天保山の山頂ではありません」との朽ちかけた看板が。ヤラれた。気を取り直してさらにうろうろと探してみると・・・・、「日本最低の山」という立て看板とともに三角点があるではないか。しかも登山証明書(手数料10円)を発行してくれるばかりか山岳会まで存在しているとは。恐るべし、天保山。

天保山からなんばへの移動に地下鉄に乗ろうかと思ったところなんば行きの市バスを発見。たまにはバスで移動するのもいいかね?ということで乗り込むことにする。時間はあっという間に過ぎていくものである。飛行機の時間はひたひたと迫ってきていた。OCATからリムジンに乗って伊丹へ向かうことに。別れ際に、また秋には大阪に行くでしょう、なんてことをいいながら。同行した皆さんに挨拶をしてバスに乗り込む。バスはすいすいと阪神高速道路を進み、30分程度で伊丹空港へ。夕方の便はどの行き先もおおむね満席。

飛行機がふっと飛び立ち、眼下に広がる池田や宝塚の街並などを眺めているうちに、なぜかものすごい寂しさを感じた。東京よりも大阪の方が、自分の感覚に合っているのかな?なんて思ってもみたり。乱気流もほとんどなく、鱗雲の上を飛行機はぐんぐんと進み、雲の切れ間から見えた地上の風景を見てどこだろう?と思ったら、いつの間にか木更津上空まで来ていた。定刻通りに羽田空港に着陸。バスを乗り継いで21時帰宅。

何がきっかけで結び合わされるのか本当に分からないものだ。たまたま僕の場合それが「関心空間」という巨大なWWWの海の中の1ページだったわけで。でも、それがきっかけで様々な人と出会えるようになったり、こうして飛行機代をかけてでも楽しいことを見つけられるということに、思わず感謝せずにはいられなくなるのだ。このツアーに際していろいろと尽力してくださったみんな、ありがとう。