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■ Antonín Dvorak :: Symphonie Nr.8 g-dur op.88

ドヴォルザーク 交響曲第8番 ト長調 作品88

□ 編成

Fl Ob Cl Fg Hr Trp Trb Tuba
2 2 2 2 4 2 3 1
Timp G.C Cyn Trg Vn Va Vc Cb
1      
Other
EHr : 1、Picc : 1
※ PiccはFl2番が持ち替え。
※ EHrはOb2番が持ち替え

□ 構成

第1楽章 Allegro con brio
第2楽章 Adagio
第3楽章 Allegretto grandioso
第4楽章 Allegro, ma non troppo

□ 曲について

ドヴォルザークといってまず頭に浮かんでくる旋律は「遠き山に日は落ちて」か、または映画「ジョーズ」のような弦の響きで始まる「新世界」(交響曲第9番)の旋律なのではないかと思う。学校の音楽の授業では「運命」や「トッカータとフーガ」と並んで定番中の定番である。
いや、確かに認めます。「新世界」は泣かせてくれる旋律がたくさんあるし、おおアメリカ!といった感じのとても味わい深い交響曲だと思います。聴かせどころたっぷりで聞き飽きないしね。けれども彼の作品にはまだまだ魅力的な曲がたくさんあるのである。その筆頭に挙げたいのがこの交響曲第8番。第7番のようにブラームスに追いつけ、追い越せというような力みがないし、かといって第9番のように何か特別なできごとに強烈なインスパイアを受けたというわけでもない。ごくごく自然な同期で交響曲が生まれた、といういい意味で力の抜けた作品だ。

1880年代に入って作曲家として「売れっ子」となり、経済的な余裕の出てきた彼は、この作品を書きはじめる直前にボヘミア地方のヴィソカーというところに1件の別荘を購入する。このヴィソカーというところはたいそう風光明美な場所らしく、ドヴォルザークは速攻気に入ってしまったと同時に創作意欲がふつふつと湧いてきたそうだ。実際にこの交響曲は最初の構想から2週間あまりという超高速で出来上がっている。もう書けば書くほどいろいろなイメージが湧いて楽しくてたまらなかったのだろう。この曲は、そんな喜びに溢れている。

第1楽章。とりあえず泣けるようなメロディをひとつ、とチェロが感傷的な旋律を奏でる。いきなりドヴォルザーク節(といっても過言ではないだろう)が全開である。ちょっとセンチメンタルな気持ちにさせたかというと突然長調に転じてフルートの小鳥がさえずり、新しい朝が来たとばかりに明るいファンファーレが。ヴィソカーの自然と共に生きている喜びを満喫しているかのようにも聴こえてしまう。もっともよりによってそういう喜びの時間はいつまでも続くわけではなくて、時には嵐にもなってみたりするところが中間部の金管合奏に表れている。が、プラス志向の現れなのか、再び小鳥がさえずり、爽やかな雰囲気を残しつつ快活に楽章は終わる。

第2楽章。深い弦の響きはまるでボヘミアの深い森をイメージさせるかのよう。木々のざわめきと水面に広がる波紋。そこにあるのは夜明け前の静寂な世界。やがて日が昇るとともに情景は穏やかな草原の風景にアングルが変わり、コンサートマスターの奏でるヴァイオリンの旋律が牧歌的な世界を表現している。ブラームスの交響曲第1番でも第3楽章でこのような牧歌的な光景が出現するけれども、ドヴォルザークが牧歌的な光景を表現すると、よりほのぼのと聴こえてしまうのが面白い。ヴァイオリンソロが終わると同時に空を突き抜けるかのような全合奏が奏でられる。とぎれとぎれに聴こえてくる歯切れの良いティンパニが印象的。雄大な気分にさせてくれた後はもとどおりのほのぼの牧歌的光景。穏やかな気持ちにさせつつ、第3楽章へ。

第3楽章。ここでドヴォルザークの十八番であるスラヴ舞曲風メロディが展開される。その旋律の美しさ、まるですれ違い様にみた美女の表情を想うかのよう。あぁ、あの子の顔をもう一度、この目で見たいものだとドヴォルザークは想っているのである。(と、勝手に想像してみた) 想像は次第に夢へと広がり、夢の中で彼は忘れられない彼女とダンスを踊るわけである。(これも勝手な想像) が、解せないのはCODAに入ってから突如展開するドリフのような少々おちゃらけた旋律。言葉は悪いのだが、どうやらボヘミアの女性は少々男を弄ぶ傾向があるらしく、彼はそれを揶揄すべくこのCODAを付け加えたらしい。このCODAで観客を少々ドギマギさせたところで、すかさず第4楽章へと移る。

第4楽章は勇ましいファンファーレで幕を開ける。それはまるで、希望に満ちあふれたドヴォルザークの内面を写し取っているかのようでもある。ファンファーレはやがて全合奏による主題の提示へと発展して、そこにフルートがソロで華を添える。スラヴの少々重めな雰囲気の旋律が行く先を遮ろうとするも、再び登場するトランペットのファンファーレがそれを阻止。明るい、いやまったくもって明るすぎる。その明るさが最大限に発揮されるのがフィナーレ。非常に喜劇的な世界を連想させてしまうのだが、そこがまた他の交響曲にはなかなか見られないアイデアで面白かったりもする。このフィナーレでさんざん大騒ぎさせておいてこの終楽章はまるで疾風の如く幕を閉じる。そんな小気味の良さもまた、この交響曲の面白さの一つなのかもしれない。

演奏時間 : 約35分